大洲神社愛媛県大洲市

冬の大洲神社1 冬の大洲神社2 冬の大洲神社3
  • 元弘元年(1331)に、大洲城の総鎮守として勧請されたと伝わる神社
  • 大国主命・事代主命・木花開耶姫命を主祭神とする、大洲の神楽山に鎮座する社
  • 商売繁盛・福徳来家を願う「十日えびす祭」で知られる神社

大洲神社とは、愛媛県大洲市大洲にある神社である。大洲城の東方、神楽山に鎮座し、元弘元年(1331)に宇都宮豊房が大洲城を築いた際、城内総鎮守として下野国二荒山神社より勧請したと伝わる。古くは太郎宮として斎祭され、のちに大洲藩主となった加藤貞泰以降、歴代藩主の崇敬を受けた。主祭神は大国主命、事代主命、木花開耶姫命ほか6柱で、商売繁盛、福徳来家、家内安全、安産、大漁満足の神として信仰されている。毎年1月9日から11日には、愛媛県で唯一とされる「十日えびす祭」が行われ、多くの参拝者が訪れる。境内には恵比須神の石像や大きな昭和燈があり、長い石段を上った先に社殿が鎮座する。

大洲神社の特長
目的 大洲城の総鎮守、地域守護、商売繁盛、福徳来家、家内安全、安産、大漁満足、開運、十日えびす祭の継承
特長 大洲神社、神楽山、太郎宮、大洲城総鎮守、大国主命、事代主命、木花開耶姫命、大黒天、恵比須神、十日えびす祭、昭和燈、恵比須神石像、旧県社、宇都宮豊房、加藤貞泰、大洲藩
他の神神、十日えびす祭、昭和燈、恵比須神石像、旧県社、宇都宮豊社との違い ・大洲城築城の際に城内総鎮守として勧請されたと伝わる神社である
・大洲城の東方にある神楽山に鎮座し、大洲藩歴代藩主の崇敬を受けた
・大国主命と事代主命を祀ることから、大黒天・恵比須神の信仰と結びついている
・毎年1月9日から11日に行われる十日えびす祭は、商売繁盛を願う大洲神社の代表的な祭礼である
・観光化された大社ではなく、大洲の城下町と地域信仰に根ざした神社である
大洲神社DATA
別称 太郎宮、大洲城総鎮守、神楽山の大洲神社
正式名称 大洲神社
所在地 愛媛県大洲市大洲
創建 元弘元年(1331)
創建者 宇都宮豊房と伝わる
勧請元 下野国二荒山神社と伝わる
祭神 大国主命、事代主命、木花開耶姫命ほか6柱
御神徳 商売繁盛、福徳来家、家内安全、安産、大漁満足、開運
旧社格 旧県社
主な見どころ 社殿、長い石段、恵比須神の石像、昭和燈
主な祭礼 十日えびす祭。毎年1月9日から11日に行われる
住所 愛媛県大洲市大洲417
電話番号 0893-24-3683
参拝時間 境内自由
休館日 なし
拝観料 無料
アクセス JR伊予大洲駅から徒歩約25分、またはタクシーで約10分。大洲本町バス停から徒歩約10分
備考 大洲神社は、大洲城築城にともなう総鎮守としての由緒と、十日えびす祭で知られる神社である。詳しい創建経緯は「宇都宮家譜」による伝承として語られているため、年代や勧請の内容は「伝わる」として扱うのがよい。
大洲神社への交通アクセス
JR「伊予大洲」駅から徒歩約25分。

HISTORY 大洲神社について

大洲神社の歴史
1331年 元弘元年、宇都宮豊房が大洲城を築いた際、城内総鎮守として下野国二荒山神社より勧請し、太郎宮として斎祭したと伝わる
南北朝時代 大洲城とともに、神楽山の社として地域の守護神とされた
中世 大洲城周辺の支配者が移り変わる中で、城下の鎮守として信仰を受け継いだ
江戸時代初期 戸田氏、藤堂氏、脇坂氏を経て、大洲城主が交代する
1617年 元和3年、加藤貞泰が大洲城主となり、先例により大洲神社を祈願所と定めて崇敬した
江戸時代 加藤家歴代藩主の崇敬を受け、境内地、社殿の造営・修復、祭器具の寄進などが行われた
近世 大洲神社は、大洲藩の崇敬を受ける神社として、城下町の信仰を支えた
明治時代 近代神社制度の中で旧県社に列せられる
昭和時代 昭和天皇即位を記念して昭和燈が建てられ、大洲神社を象徴する景観の一つとなる
現代 毎年1月9日から11日に十日えびす祭が行われ、商売繁盛や福徳来家を願う参拝者が訪れる
現在 大洲神社は、大洲城築城に関わる総鎮守の由緒と、十日えびす祭を伝える神社として、域の信仰を受け継いでいる