酒井家の家紋「丸に片喰」
鶴ヶ岡城とは、山形県鶴岡市馬場町にある江戸時代の城跡である。室町時代初期、武藤長盛によって築城が始まったといわれ、古くは大宝寺城と呼ばれた。武藤氏滅亡後は上杉氏、最上氏の支配を経て、慶長8年(1603)に鶴ヶ岡城へ改称された。元和8年(1622)、最上氏改易後に酒井忠勝が庄内へ入ると、鶴ヶ岡城は庄内藩酒井氏の居城となり、廃藩置県まで約250年にわたり庄内支配の中心となった。現在は鶴岡公園として整備され、本丸跡には荘内神社が鎮座し、堀、土塁、石垣の一部、城下町の名残が残る。
| 目的 | 庄内藩の政庁、酒井氏の居城、庄内地方支配の拠点、城下町形成の中心、内川や堀を利用した防御拠点 |
|---|---|
| 特長 | 武藤氏、大宝寺城、最上氏、酒井忠勝、庄内藩、酒井氏、輪郭式平城、本丸御殿、土塁、水堀、内川、百間堀、角馬出、桝形門、荘内神社、鶴岡公園、続日本100名城 |
| 他の城との違い | ・石垣の高石垣で見せる城ではなく、土塁と堀を主体にした平城である ・本丸を中心に二の丸・三の丸が同心円状に囲む輪郭式の縄張りである ・江戸時代を通じて庄内藩酒井氏の居城として機能した ・現在は鶴岡公園として整備され、本丸跡の荘内神社、堀、土塁、老杉などに城の名残が見られる |
| 石垣 | 一部現存 |
|---|---|
| 土塁 | 一部現存 |
| 種類 | 土塁、水堀、石垣、輪郭式平城、角馬出、桝形門、外桝形、馬出曲輪、平城、城下町 |
| 石材 | 金峯石など。二の丸外堀に位置する場所から金峯石が出土しており、二の丸石垣に使用されたものと推定されている |
| 特長 | 鶴ヶ岡城は、城全体を石垣で囲む城ではなく、土塁と堀を中心に守る平城であった。鶴岡市の説明では、城の周囲で石垣積みになっていたのは櫓と門の下部のみで、大部分には土塁が築かれていたとされる。本丸を中心に二の丸・三の丸が同心円状に囲み、城門には大手門の角馬出、中の門の桝形門、西御門の外桝形、外北御門の馬出曲輪などの防御施設が設けられていた。東側では内川が堀の役目を果たし、南側には旧河道を利用した百間堀、北側には溜池が設けられていた。鶴ヶ岡城では、石垣だけでなく、土塁、堀、川、城下町の町割りを合わせて見るのが自然である。 |
| 別称 | 大宝寺城、大梵寺城 |
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| 所在地 | 山形県鶴岡市 |
| 築城 | 室町時代初期、武藤長盛による築城が始まりといわれる。慶長8年(1603)に鶴ヶ岡城へ改称 |
| 築城者 | 武藤長盛。近世城郭としての整備は最上氏、酒井氏 |
| 住所 | 山形県鶴岡市馬場町4 |
| 電話番号 | 0235-35-1315(鶴岡市役所 都市計画課) |
| 開館時間 | 城跡、鶴岡公園は見学自由 |
| 休館日 | 城跡、鶴岡公園は見学自由 |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 鶴ヶ岡城は続日本100名城の108番に選定されている。続日本100名城スタンプは、鶴岡公園内の荘内神社社務所に設置されている。明治維新後、城郭建物は失われ、本丸跡には庄内藩祖を祀る荘内神社が建立された。現在の鶴岡公園には堀、石垣の一部、土塁、老杉などが残り、約710本の桜が咲く桜の名所としても知られる。周辺には致道博物館、庄内藩校致道館、大寶館などがあり、城跡とあわせて庄内藩の歴史をたどりやすい。 |
| 室町時代初期 | 武藤長盛による築城が始まりといわれ、古くは大宝寺城と呼ばれる |
|---|---|
| 戦国時代 | 大宝寺氏、武藤氏が庄内地方の有力勢力として城を拠点にする |
| 戦国時代後期 | 武藤氏、大宝寺氏の滅亡後、城は越後上杉氏の支配下に入る |
| 1601年 | 山形の最上氏による庄内支配の拠点となる |
| 1603年 | 城名が鶴ヶ岡城に改められる |
| 1622年 | 最上氏改易後、信州松代から酒井忠勝が庄内に入り、鶴ヶ岡城を居城とする |
| 江戸時代前期 | 酒井氏により城の拡張整備が進められ、新たに三の丸が設けられる |
| 江戸時代前期 | 三代、約50年にわたり改修が行われ、城下町の町割りも整備される |
| 江戸時代 | 鶴ヶ岡城は庄内藩酒井氏の居城となり、藩政の中心として機能する |
| 江戸時代 | 本丸御殿、二の丸、三の丸、城門、櫓、土塁、堀などを備えた輪郭式平城として維持される |
| 1868年 | 戊辰戦争で庄内藩が降伏し、鶴ヶ岡城を新政府軍に明け渡す |
| 1871年 | 廃藩置県により庄内藩が廃止され、鶴ヶ岡城は城としての役割を終える |
| 1876年 | 城内の全建築物が破却され、大部分の土塁が取り壊され、堀の一部も埋め立てられる。城跡は鶴岡公園として一般開放される |
| 1877年 | 本丸跡に庄内藩祖を祀る荘内神社が建立される |
| 2017年 | 日本城郭協会により、鶴ヶ岡城が続日本100名城のひとつに選定される |
| 現在 | 鶴岡公園として整備され、堀、土塁、石垣の一部、荘内神社、老杉などに城の名残を伝えている |
酒井家の家紋「丸に片喰」
| 藩庁 | 鶴ヶ岡城 |
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| 旧地域 | 出羽国田川郡庄内 |
| 石高 | 14万石 |
| 譜代・外様 | 譜代 |
| 主な藩主 | 酒井家 |