旧グラバー住宅長崎県長崎市

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  • 文久3年(1863)に完成した、現存する日本最古の木造洋風建築
  • スコットランド出身の商人トーマス・ブレーク・グラバーが暮らした住宅
  • 国指定重要文化財であり、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産

旧グラバー住宅とは、長崎県長崎市南山手町のグラバー園内にある木造洋風建築である。文久3年(1863)に完成した建物で、スコットランド出身の商人トーマス・ブレーク・グラバーが暮らした住宅として知られる。グラバーは安政6年(1859)に長崎へ来航し、グラバー商会を設立して貿易を行った人物である。旧グラバー住宅は、南山手の高台から長崎港を望む場所に建てられ、接客の場として使われたのち、グラバーの居住拠点となった。建物は木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺で、ベランダを備え、日本瓦や漆喰など日本の材料も用いられている。平面は当初L字型だったが、増築や模様替えにより、明治中期には現在に近い形になった。昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定され、平成27年(2015)には「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録された。旧グラバー住宅は、幕末長崎の外国人居留地、貿易商人の活動、日本近代化の始まりを伝える建物である。

旧グラバー住宅の特長
目的 幕末長崎の外国人居留地の歴史継承、トーマス・グラバーの活動紹介、近代洋風建築の保存、日本近代化の過程の理解、世界文化遺産としての保存活用
特長 旧グラバー住宅、グラバー園、南山手、長崎外国人居留地、トーマス・ブレーク・グラバー、グラバー商会、木造洋風建築、現存最古、ベランダ、桟瓦葺、寄棟造、漆喰、一本松邸、国指定重要文化財、明治日本の産業革命遺産、世界文化遺産
他の洋館との違い ・文久3年(1863)完成で、現存する日本最古の木造洋風建築とされる
・スコットランド出身の商人トーマス・グラバーの住居であり、幕末長崎の外国人居留地の実態を伝える
・洋風建築でありながら、日本瓦や漆喰など日本の材料・技術も取り入れている
・建物単体の美しさだけでなく、貿易、造船、炭鉱、明治日本の産業化と関わる点に価値がある
・国指定重要文化財であり、さらに世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にもなっている
旧グラバー住宅DATA
別称 グラバー邸、一本松邸
正式名称 旧グラバー住宅
所在地 長崎県長崎市南山手町、グラバー園内
建築年 文久3年(1863)
建築主 トーマス・ブレーク・グラバー
関係者 トーマス・ブレーク・グラバー、アルフレッド・グラバー、倉場富三郎、小山秀
構造 木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺、ベランダ付
建築面積 主屋510.8平方メートル、附属屋129.2平方メートル
主な特徴 半円形に近い平面、広いベランダ、石畳の床、木製の独立円柱、アーチ型欄間、日本瓦、漆喰
文化財指定 昭和36年(1961)6月7日、国の重要文化財に指定
世界遺産登録 平成27年(2015)、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録
所有者 長崎市
住所 長崎県長崎市南山手町8-1 グラバー園内
開園時間 8時~18時。最終入園受付は閉園20分前。時期により夜間開園あり
入園料 グラバー園入園料として一般1,300円、こども650円
アクセス 路面電車「大浦天主堂」電停から徒歩約7分。グラバー園内に所在
備考 旧グラバー住宅は、グラバー園内の建物の一つである。旧オルト住宅や旧リンガー住宅など周辺の洋館も見学できるが、旧グラバー住宅そのものの価値は、幕末の長崎外国人居留地に建てられた現存最古の木造洋風建築であり、トーマス・グラバーの活動拠点だった点にある。
旧グラバー住宅への交通アクセス
路面電車「石橋」駅から徒歩約11分

HISTORY 旧グラバー住宅について

旧グラバー住宅の歴史
1859年 安政6年、トーマス・ブレーク・グラバーが上海から長崎へ来航する
1862年 文久2年、グラバーがグラバー商会を設立する
1863年 文久3年、南山手の高台に旧グラバー住宅が完成する
幕末 旧グラバー住宅は、接客の場として使われ、のちにグラバーの居住拠点となる
幕末 グラバーは貿易を通じて、造船、炭鉱、鉄道など日本の近代化に関わる事業に関与する
1870年 明治3年、グラバー商会が倒産し、住宅の権利は弟アルフレッド・グラバーへ移る
明治時代 住宅は増築や模様替えを経て、明治中期には現在に近い平面形態となる
1909年頃 明治42年頃、グラバーの息子・倉場富三郎夫妻が南山手の住宅で暮らし始める
1939年 昭和14年、第二次世界大戦が始まると、倉場富三郎が住宅を三菱重工長崎造船所へ売却する
戦後 旧グラバー住宅はアメリカ進駐軍に接収される
1957年 昭和32年、三菱重工長崎造船所から長崎市へ寄贈される
1958年 昭和33年、旧グラバー住宅の一般公開が始まる
1961年 昭和36年、「旧グラバー住宅」として国の重要文化財に指定される
2015年 平成27年、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録される
現在 旧グラバー住宅は、グラバー園内で公開され、幕末長崎の外国人居留地と日本近代化の歴史を伝える建物として保存されている