井伊家の家紋「橘」
高崎城とは、群馬県高崎市にあった江戸時代の城である。徳川家康の命を受けた井伊直政によって築かれ、中山道と三国街道を押さえる交通の要衝として重視された。江戸時代には高崎藩の藩庁となり、城下町高崎の中心として発展した。現在は高崎城址公園として整備され、三の丸外囲の土居と堀、移築復元された乾櫓と東門が城跡の面影を伝えている。
| 目的 | 高崎藩の藩庁、交通の要衝の防衛、城下町形成の拠点 |
|---|---|
| 特長 | 平城、土居と堀、乾櫓、東門、広大な郭内を持つ城郭 |
| 他の城との違い | ・井伊直政が箕輪城から移って築いた城である ・現在は市街地の中心に城跡が残る ・乾櫓は群馬県内に現存する唯一の城郭建築である |
| 石垣 | 一部あり |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 土居、土塁、水堀、平城、櫓、城門 |
| 石材 | 不明 |
| 特長 | 高崎城は石垣を主体とする城ではなく、土居と堀を中心に構成された平城である。現在は三の丸外囲の土居と堀が残り、高崎城址公園周辺で城の輪郭を感じることができる。乾櫓と東門は明治維新後に払い下げられていたものを、現在地へ移築復元したものである。 |
| 別称 | 和田城 |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県高崎市 |
| 築城 | 1598年 |
| 築城者 | 井伊直政 |
| 住所 | 群馬県高崎市高松町 城址公園内 |
| 電話番号 | 027-321-1257 |
| 開園時間 | 見学自由 |
| 休園日 | なし |
| 入園料 | 無料 |
| 備考 | 現在は高崎城址公園として整備されている。三の丸外囲の土居と堀、乾櫓、東門が残る。乾櫓は群馬県指定重要文化財、東門は高崎市指定重要文化財である。 |
| 1590年 | 豊臣秀吉の小田原攻めにより、前身となる和田城が落城する |
|---|---|
| 1598年 | 徳川家康の命を受けた井伊直政により、高崎城が築かれる |
| 江戸時代 | 高崎藩の藩庁として機能し、譜代大名が城主を務める |
| 17世紀末頃 | 乾櫓が改築されたと推定される |
| 1871年 | 廃藩置県により高崎藩が廃止される |
| 明治時代 | 城内の建物が払い下げられ、乾櫓や東門も移築される |
| 1977年 | 乾櫓が現在地へ復元移築される |
| 1980年 | 東門が現在地へ復元移築される |
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井伊家の家紋「橘」
| 藩庁 | 高崎城 |
|---|---|
| 旧地域 | 上野国群馬郡 |
| 石高 | 5万2000石 |
| 譜代・外様 | 譜代 |
| 主な藩主 | 井伊家・酒井家・戸田松平家・藤井松平家・安藤家・間部家・大河内松平家 |
| 推定人口 | 9万8000人(明治元年) |
井伊直政が12万石を得て立藩。酒井家・戸田松平家・藤井松平家・安藤家・間部家・大河内松平家など譜代大名が入れ代わった。