アブリ積みとやせ石垣石の奥行きと角に残る築城技術の移り変わり
- [執筆者] 日本の旅侍編集部(メディア)
- アブリ積みとやせ石垣とは
- アブリ積みは、石の奥行きである控えより、表に見える面の寸法を大きくした積み方。
- 控えの短さは石の安定に不利となるため、石積みの技術資料では避けるべき積み方に挙げられる。
- やせ石垣は、隅石の短辺側が内側に引っ込み、角に凹凸が生じる石垣の特徴。
- 隅石の納まりには、石の選択や加工、算木積みの技術が変化する過程が現れる。
- 野面積み・打込接ぎ・切込接ぎなどの加工による分類や、布積み・乱積みなどの配列による分類とは観点が異なる。
- 三原城ではアブリ積みとやせ石垣が紹介され、天主台と船入櫓の隅の石組みを比較できる。
- 石垣の安定や築造年代は、控えや隅の形に加え、勾配・基礎・背後の構造・修理履歴を合わせて判断する。
アブリ積みは、石の奥行きである控えに対して、表に見える面の寸法を大きくした積み方。やせ石垣は、隅石の短辺側が内側に引っ込み、角に凹凸が生じる特徴を指す。両者は異なる観点から石垣の構造を説明する言葉で、野面積みなどの加工による分類や、乱積みなどの配列による分類とも区別して考える。三原城では、天主台の古い石組みと船入櫓の算木積みを見比べることで、築城技術や改修の違いが分かる。千畳閣の足元にも、やせ石垣の特徴が残る。石垣の防御力を支えるのは高さだけではなく、石の奥行きや隅の組み方、勾配、基礎、背後の構造である。現地では見える面と角の納まりを観察し、内部の構造や修理の履歴を資料で補うことで、高い壁を保つための技術を読み解ける。


城の石垣を眺めるとき、私たちは表に見える石の大きさや、壁の高さに目を向ける。大きな石が並んでいれば頑丈そうに見え、角が整っていれば見事な技術だと感じるだろう。しかし、石垣を支える仕組みは、表面だけでは分からない。
石は壁の奥へどれだけ入り込んでいるのか。二つの面が出合う角では、石がどのように組み合わされているのか。「アブリ積み」と「やせ石垣」は、こうした石の奥行きと隅の形を考える手がかりになる。
三原城の天主台や、宮島の千畳閣の足元に残る石垣を見ながら、高い壁を築き、保つために必要だった技術を読み解いていこう。
石垣は、背後の土を支える構造でもある
城の石垣は、敵の前に立ちはだかる壁であると同時に、曲輪や建物の足元を支える構造でもある。曲輪とは、城内で人が活動できるように整えられた平場のこと。その縁を石垣で固めれば、高低差のある場所にも、城を守るための空間を確保できる。
石垣には、積み上げた石の重さに加え、背後の土や石が外へ押し出そうとする力がかかる。この力を土圧という。表面の石は、その奥に詰めた石や土と関わりながら、壁としての形を保っている。
そのため、石垣の安定を考える際には、石の大きさだけでなく、奥行き、壁の勾配、基礎となる地盤、背後の構造などを見る必要がある。防御の面から考えても、敵が登りにくい壁を築くことと、その壁が崩れずに立ち続けることは、切り離せない課題だった。
アブリ積みは、石の面に対して控えが短い
石垣の外側に見える石の面を「面(つら)」といい、壁の奥へ入る方向の長さを「控え(ひかえ)」という。アブリ積みは、この控えの寸法よりも、面の寸法が大きくなる積み方を指す。
正面から見れば大きな石が積まれている。しかし、その石は、見えている大きさに比べて奥行きが短い。石垣を読むには、表面の広さと、壁の内部に入っている長さを分けて考える必要がある。
控えが短い石は、一般に安定を確保しにくい。国土交通省の石積み資料でも「あぶり」は望ましくない積み方に挙げられており、石積みの研究では、控えの短さが壁の外への膨らみである「はらみ」と関係する禁手として整理されている。
石垣の見た目の迫力と、構造上の安定が、必ずしも一致するわけではない。アブリ積みは、その違いを教えてくれる。


やせ石垣は、隅石の短辺側が引っ込む
石垣の角をつくる石を「隅石(すみいし)」という。やせ石垣では、この隅石の短辺側が内側へ引っ込み、角に凹凸が現れる。「やせ」という言葉は、こうした隅の納まりの特徴を表している。
長い石を横向きに据えると、片方の面には長辺が、もう片方の面には短辺が見える。上下の段で向きを変えて積んでも、石の形や角度が十分にそろっていなければ、短辺側が後退し、角の線が整わない部分が生まれる。
三原市が公開する三浦正幸の解説では、やせ石垣は天正末から慶長初めの石垣に特徴的な形として紹介されている。隅石の凹凸には、石を選び、加工し、角を組み上げる技術が変化していく過程が残されている。


算木積みは、二つの面を角で組み合わせる
石垣の角は、二つの壁面が出合う場所である。高い壁を安定させるには、この接点をしっかり組むことが重要になる。
そこで用いられるのが「算木積み」だ。細長い隅石の向きを段ごとに変え、長辺と短辺が交互に見えるように積む。二つの面を構成する石を、角で組み合わせる方法である。
ただし、長い石を交互に置けば、どの石垣でも同じ仕上がりになるわけではない。石の寸法や角度、上下の石の納まりによって、角には違いが生じる。やせ石垣のように短辺側が引っ込む形と、角の線がそろった算木積みを見比べれば、その差が分かる。
石をどこに置くかに加えて、置く場所に合う形へどう整えるか。隅の石組みには、石垣づくりの技術が具体的に現れている。


野面積みや乱積みとは、見ている特徴が異なる
石垣には、いくつかの観点から付けられた名称がある。
野面積み・打込接ぎ・切込接ぎは、石材の加工や接合の仕方に着目した分類だ。一方、布積み・乱積みは、石の並べ方や目地の通り方に着目している。
アブリ積みで見るのは、石の面と控えの寸法の関係。やせ石垣で見るのは、隅石の短辺側の引っ込みである。それぞれ、石垣の異なる特徴を説明している。
したがって、ある石垣について「乱積み」と説明しながら、隅に「やせ石垣」の特徴を見ることはできる。一つの名称だけで石垣全体を捉えようとせず、加工、配列、奥行き、隅の形を重ねて読むと、その構造が理解しやすくなる。
三原城で見比べる、天主台と船入櫓の石組み
広島県の三原城は、小早川隆景によって永禄十年(1567)に築城されたとされ、その後も整備が進められた城である。現在は天主台や船入櫓、中門などの石垣が残る。三原観光協会は、天主台の石垣に伝わるアブリ積みを特長として紹介している。
水際に立ち上がる石垣を見ると、堀と壁が一続きの障害になっていることが分かる。防御の面から読み解けば、攻める側は水を越えた先で、さらに高低差を乗り越えなければならない。守る側には、その高い足場を安定して保つ必要がある。
三原城では、石一つの据え方に加え、壁全体の形にも目を向けたい。三原市が公開する市民学芸員の活動報告では、天主台の石垣は縦方向だけでなく、水平方向にも湾曲し、石同士がせり合う構造として説明されている。
この説明を踏まえると、天主台の安定は、石の控えだけでなく、勾配や壁全体の形を合わせて考える必要がある。ただし、それが現存する理由のすべてを説明するわけではない。基礎や内部の状態、修理の経緯も関わるため、外観だけから一つの工法の強さを判断することはできない。


隅の石組みに残る改修の違い
天主台の隅には、古い石組みの特徴と、後の修築による違いが残る。市の活動報告では、南西隅に自然石の形をよく残す石や縦長の大石があり、北東隅には直方体に加工した石を交互に積む算木積みが見られると説明されている。
また、三浦正幸は、天主台のやせ石垣などに古い特徴を指摘し、船入櫓の整った算木積みを福島正則の時代のものと説明している。同じ三原城の中でも、石の選び方や角の組み方には違いがある。
天主台と船入櫓を見比べるときには、角の石を上下へ追ってみよう。向きがどう変わるか。短辺側は引っ込んでいるか。角の線はそろっているか。城の整備や改修の積み重ねを、石の納まりから読み取ることができる。
千畳閣の足元にも残る、隅石の凹凸
宮島の豊国神社本殿、通称「千畳閣」の下にも、やせ石垣の特徴が見られる。徳岡伝統建築研究所の解説では、隅石の短辺が引っ込んで凹凸を生じていることや、下部に大きな石を縦に使っていることが紹介されている。
ここでは建物を見上げる前に、石垣の角を観察してみたい。壁の面を正面から見るだけでなく、二つの面が出合う位置を見ることで、隅石の向きや引っ込みを捉えやすくなる。
城と社寺では石垣を築く目的に違いがあるが、高い場所を支えるために石を組むという課題は共通している。三原城と千畳閣を見比べることは、同じ時代の石垣技術を、異なる場所から考える機会になる。
現地では、石の面と角の納まりを見分ける
アブリ積みを考える際には、正面に見える石の大きさだけで奥行きを判断しないことが大切だ。控えは壁の内部に隠れており、通常の見学や写真から確認できる範囲には限りがある。現地の解説や調査資料と合わせて、石の据え方を理解したい。
やせ石垣を見る際には、角に積まれた石を、一段ずつ追う。長辺と短辺がどう入れ替わり、どの部分が内側へ引っ込んでいるかに目を向けると、隅の形が分かりやすい。
そして少し離れ、壁の勾配や平面の曲がり方も見る。一つの石、角の石組み、壁全体の形へと視線を広げることで、石垣を支える仕組みを立体的に捉えられる。
築造年代についても、石の形は手がかりの一つになるが、その場所の修理や積み直しの履歴と合わせて考える必要がある。石垣には、城が築かれたときから現在までの変化が重なっている。
高い壁を保つために、奥行きと隅を整える
アブリ積みから見えてくるのは、表面の大きさに加えて、石の奥行きを確保することの重要性だ。やせ石垣からは、二つの面をつなぐ角を、どのような石で組み上げるかという課題が見えてくる。
敵の前に高い壁を築き、その上に守るための空間を保つ。その防御を成立させるには、一つ一つの石と、石垣全体の安定が必要だった。三原城の水際や千畳閣の足元で、石の面と隅を見比べるとき、目の前の壁は、石を選び、据え、組み合わせてきた技術の積み重ねとして見えてくる。
- 執筆者 日本の旅侍編集部(メディア) 日本の旅侍は知的旅〜オトナの城旅を城写真と共に伝える情報メディアです。日本全国のお城を都道府県別にご紹介。国宝天守・現存天守・復元天守・櫓・石垣・お堀などお城の様々な要素を写真共に伝えます。お城の歴史コラムもあり。 公式HP・SNSはこちら