- 米沢藩伊達氏・上杉氏が治める
- 米沢藩は東北で最も知名度の高い藩であり、伊達氏・上杉氏など大河ドラマにもよく登場する大名達が藩を治めました。江戸時代、藩を治める大名は数年おきに変わることが珍しくありませんが、米沢藩は一貫して上杉氏に
米沢城とは、山形県米沢市にある中世から近世にかけての城跡である。中世には長井氏・伊達氏の拠点となり、戦国時代には伊達政宗が生まれた城としても知られる。江戸時代には上杉氏の居城となり、米沢藩の政庁として機能した。現在は松が岬公園として整備され、本丸跡には上杉謙信を祀る上杉神社が鎮座し、水堀や土塁が城跡の面影を伝えている。
| 目的 | 長井氏・伊達氏・上杉氏の拠点、米沢藩の政庁、領国支配の拠点 |
|---|---|
| 特長 | 輪郭式平城、水堀と土塁、上杉神社、松が岬公園として整備された城跡 |
| 他の城との違い | ・天守を中心に見せる城ではない ・石垣よりも水堀と土塁を主体とした平城である ・伊達氏・上杉氏という東北を代表する大名家の歴史が重なる城である |
| 石垣 | 一部あり |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 土塁、水堀、曲輪、一部石垣 |
| 石材 | 不明 |
| 特長 | 米沢城は石垣を主体とする城ではなく、水堀と土塁を中心に構成された平城である。本丸跡の周囲には水堀が残り、松が岬公園として整備された現在も、城郭の輪郭をたどることができる。一部に石垣も見られるが、米沢城の主な見どころは土塁と水堀による城の構成にある。 |
| 別称 | 舞鶴城、松ヶ岬城 |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市 |
| 築城 | 1238年頃 |
| 築城者 | 長井時広 |
| 住所 | 山形県米沢市丸の内1 |
| 電話番号 | 0238-22-5111 |
| 開園時間 | 松が岬公園は見学自由。上杉神社は4月1日~10月末日が6時~17時、11月1日~3月末日が7時~17時 |
| 休園日 | 松が岬公園はなし |
| 入園料 | 無料 |
| 備考 | 現在は松が岬公園として整備されている。本丸跡には上杉神社が鎮座し、周辺には上杉神社稽照殿、米沢市上杉博物館、上杉伯爵邸など上杉氏ゆかりの施設が集まる。 |
米沢城は山形県米沢市にある平城です。戦国武将の中で抜群の知名度と人気を誇る伊達政宗が生まれた城としても知られています。また、江戸時代は上杉氏の居城となり、明治まで米沢藩の藩庁が置かれました。では、これから米沢城の歴史を紐解いていきましょう。
| 1238年頃 | 長井時広が米沢城を築いたと伝わる |
|---|---|
| 戦国時代 | 伊達氏の拠点となり、米沢城を中心に置賜地方を支配する |
| 1567年 | 伊達政宗が米沢城で生まれる |
| 1591年 | 伊達政宗が岩出山へ移され、米沢城は蒲生氏の支配下に入る |
| 1598年 | 上杉景勝が会津へ移封され、米沢城は上杉領となる |
| 1601年 | 上杉景勝が米沢へ減封され、米沢城が上杉氏の居城となる |
| 江戸時代 | 米沢藩上杉氏の政庁として機能する |
| 1871年 | 廃藩置県により米沢藩が廃止される |
| 1876年 | 本丸跡に上杉神社が建立される |
| 現在 | 松が岬公園として整備され、本丸跡に上杉神社が鎮座する |
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| 藩庁 | 米沢城 |
|---|---|
| 旧地域 | 出羽国置賜郡 |
| 石高 | 14万7000石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 上杉家 |
| 推定人口 | 12万3356人(嘉永6年) |
上杉鷹山は破綻の危機にあった藩財政を立て直すために、率先して倹約を徹底。また、米沢織の品質を高めながら、販路を拡大することにより、産業力の増強に意を尽くした。
山形県米沢市にあった「米沢城」は上杉景勝や江戸時代の名君・上杉鷹山をはじめ、長きにわたり上杉氏の居城だった城です。現在は松が岬公園として整備されており、本丸跡には上杉神社が鎮座しているほか、土塁や水堀等の遺構が残されています。