- 鳥取藩3つの池田家が治める
- 鳥取藩は、因幡国・伯耆国(現在の鳥取県)を治めた大藩です。石高は32万5千石と高く、江戸時代を通じて池田氏が治め続けていました。 なお、この池田氏は3つの家があり、江戸時代初期は同じ池田氏の間で領地交
鳥取城とは、鳥取県鳥取市にある中世から近世にかけての城跡である。久松山に築かれた山城を起源とし、戦国時代には山名氏の拠点となった。天正9年(1581)には羽柴秀吉が吉川経家の守る鳥取城を兵糧攻めで包囲し、凄惨な籠城戦の末に開城したことで知られる。江戸時代には池田氏により山麓部の山下ノ丸が整備され、山上ノ丸と山下ノ丸を併せ持つ大規模な城郭となった。現在は久松公園として整備され、石垣、天守台、天球丸の巻石垣、復元大手門、仁風閣周辺の景観が城の姿を伝えている。
| 目的 | 因幡国支配の拠点、鳥取藩の政庁、久松山を利用した軍事拠点 |
|---|---|
| 特長 | 兵糧攻め、吉川経家、羽柴秀吉、山上ノ丸、山下ノ丸、巻石垣、石垣、久松公園、仁風閣 |
| 他の城との違い | ・戦国期の山城と江戸期の山麓居館が一体となった城である ・羽柴秀吉の兵糧攻めの舞台として知られる ・天球丸には、全国唯一とされる球面状の巻石垣が復元されている |
| 石垣 | 現存・復元整備 |
|---|---|
| 土塁 | 一部現存 |
| 種類 | 野面積、打込接、切込接、巻石垣、登り石垣、天守台、石垣、土塁、堀、山城・平山城 |
| 石材 | 自然石、割石など |
| 特長 | 鳥取城の石垣は、久松山山頂の山上ノ丸と、山麓の山下ノ丸に広く残る。山上ノ丸には天守台や曲輪跡があり、山麓部には二ノ丸、三ノ丸、天球丸などの石垣が残る。最大の特徴は、天球丸に築かれた球面状の巻石垣である。これは背後の石垣崩落を防ぐため、江戸時代後期に築き足された補強石垣で、角を持たない球面状の石垣として国内唯一とされる。鳥取城は、戦国期の山城性と、池田氏による近世城郭の石垣技術をあわせて見られる城である。 |
| 別称 | 久松城、久松山城 |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県鳥取市 |
| 築城 | 戦国時代 |
| 築城者 | 山名氏と伝わる |
| 住所 | 鳥取県鳥取市東町2丁目周辺 |
| 電話番号 | 0857-26-0756 |
| 開館時間 | 鳥取城跡・久松公園は見学自由。鳥取城跡・仁風閣 展示館は9時~17時、入館は16時30分まで |
| 休館日 | 鳥取城跡・久松公園はなし。鳥取城跡・仁風閣 展示館は月曜日、祝日の翌日、年末年始 |
| 入館料 | 鳥取城跡・久松公園は無料。宝隆院庭園は無料 |
| 備考 | 鳥取城跡は国指定史跡「鳥取城跡附太閤ヶ平」で、日本100名城にも選定されている。仁風閣は文化財保存修理工事のため長期休館中で、令和11年度中の再開館予定とされる。日本100名城スタンプは、鳥取城跡・仁風閣 展示館、鳥取市役所本庁舎、鳥取市ふるさと物産館などで対応している。久松公園から二ノ丸までは徒歩約10分、山上ノ丸までは約40分が目安である。 |
鳥取城は鳥取県鳥取市にある城です。幾度も改築を重ね、戦国時代から江戸末期にかけての城郭形態の変化が残っているため「城郭の博物館」という異名を持ちます。
また、羽柴秀吉が兵糧攻めをした城としても知られています。
そんな鳥取城の歴史を紐解いていきましょう。
| 戦国時代 | 久松山に山城として鳥取城が築かれたと伝わる |
|---|---|
| 戦国時代後期 | 山名氏の拠点として因幡国支配に関わる |
| 1580年 | 羽柴秀吉が第一次鳥取城攻めを行う |
| 1581年 | 吉川経家が毛利方の城将として鳥取城に入る |
| 1581年 | 羽柴秀吉が鳥取城を包囲し、兵糧攻めを行う |
| 1581年 | 吉川経家が城兵の助命と引き換えに自刃し、鳥取城が開城する |
| 江戸時代初期 | 池田氏により、山麓部の山下ノ丸を中心とする近世城郭として整備される |
| 1617年 | 池田光政が鳥取藩主となり、鳥取城の整備が進む |
| 1632年 | 池田光仲が鳥取藩主となり、以後、池田氏が明治維新まで鳥取藩を治める |
| 江戸時代 | 鳥取城が鳥取藩の政庁として機能し、城下町が発展する |
| 江戸時代後期 | 天球丸の石垣崩落を防ぐため、巻石垣が築かれる |
| 1873年 | 廃城令により、城郭建造物の多くが失われる |
| 1888年 | 旧鳥取藩主池田家により、洋館の仁風閣が建てられる |
| 1957年 | 鳥取城跡が国の史跡に指定される |
| 2006年 | 日本100名城に選定される |
| 2026年 | 天球丸の巻石垣復元完了が告知される |
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| 藩庁 | 鳥取城 |
|---|---|
| 旧地域 | 因幡国邑美郡 |
| 石高 | 32万5000石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 池田家 |
鳥取県鳥取市にある鳥取城は、豊臣秀吉による兵糧攻め「鳥取の渇(かつ)え殺し」の舞台になったことで知られる城です。久松山を中心とする山城と山麓の平山城に分かれ、戦国時代から近近世までの多様な城の姿が残ることから「城郭の博物館」と呼ばれています。日本百名城にも選ばれました。