河原城鳥取県鳥取市

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  • 羽柴秀吉が鳥取城攻めの際に陣を置いたと伝わるお城山
  • かつて丸山城と呼ばれた戦国時代の出城砦
  • 現在は鳥取平野を一望できる展望施設「河原城」として整備

河原城とは、鳥取県鳥取市河原町にある城郭風の展望施設である。現在「お城山展望台 河原城」が建つお城山には、かつて丸山城と呼ばれた戦国時代の出城砦があったと伝わる。天正8年(1580)には、羽柴秀吉が因幡国の鳥取城を攻める際に陣を置いたとされる場所でもある。現在の河原城は史実上の天守を復元したものではなく、地域の歴史・文化・自然を紹介する展望施設として整備された建物である。最上階からは河原町周辺、鳥取平野、千代川、中国山地方面を望むことができる。

河原城の特長
目的 戦国期の出城砦、鳥取城攻めの陣所、現在は地域文化と観光振興の展望施設
特長 丸山城、お城山、羽柴秀吉、鳥取城攻め、展望台、城郭風建物、河原町の歴史展示
他の城との違い ・現在の建物は史実上の天守を復元したものではない
・かつては丸山城と呼ばれた出城砦があったと伝わる
・城郭遺構よりも、秀吉の陣跡伝承と河原町の展望・地域展示を中心に見る施設である
河原城の石垣・土塁
石垣 城郭遺構としての明確な石垣は限定的
土塁 明確な現存遺構は限定的
種類 出城砦、陣城、山城、展望施設、城郭風建物
石材 該当なし
特長 河原城は、現存する石垣や天守を見せる城跡ではなく、お城山にあった丸山城の伝承と、羽柴秀吉の鳥取城攻めの陣跡伝承をもとに理解する場所である。現在の城郭風建物は展望施設であり、史実上の城郭建築を復元したものではない。城跡としては、石垣や土塁よりも、鳥取城攻めの際に周辺を見渡せる高台であったこと、千代川沿いの地形、鳥取城方面への眺望を中心に見るのが自然である。
河原城DATA
別称 丸山城、若鮎城、お城山展望台 河原城
所在地 鳥取県鳥取市
築城 戦国時代。現在の展望施設は現代の建物
築城者 丸山城は山名氏方の出城砦と伝わる。現在の施設は旧河原町により整備
住所 鳥取県鳥取市河原町谷一木1011
電話番号 0858-85-0046
開館時間 夏季、4月~9月は9時30分~18時。冬季、10月~3月は9時30分~17時。入館は閉館30分前まで
休館日 月曜日、年末年始。月曜日が祝祭日の場合は翌日。元日は正午まで営業
入館料 一般300円。高校生以下、65歳以上、障がい者などは無料。20名以上の団体は割引あり
備考 現在の河原城は、鳥取市河原町お城山展望台として設置された観光・文化施設である。史実上の天守を復元したものではないため、城郭ページでは「丸山城跡・秀吉陣跡伝承」と「現在の展望施設」を分けて紹介するのが望ましい。JR鳥取駅から車で約25分、鳥取自動車道河原ICから車で約10分。
河原城への交通アクセス
JR「鳥取」駅よりバス約25分。

HISTORY 河原城について

河原城の歴史
戦国時代 お城山に、丸山城と呼ばれた出城砦があったと伝わる
戦国時代 丸山城は、因幡国の支配をめぐる山名氏方の出城砦として機能したと考えられる
1580年 羽柴秀吉が第一次鳥取城攻めの際、お城山周辺に陣を置いたと伝わる
1580年 秀吉は鳥取城の山名豊国を攻めるため、因幡国へ進軍する
1581年 羽柴秀吉が再び鳥取城を攻め、鳥取城は兵糧攻めにより落城する
戦国時代末期 鳥取城を中心とする因幡支配の再編により、丸山城は城としての役割を終えたと考えられる
1994年 お城山に城郭風の展望施設として河原城が整備される
現在 お城山展望台 河原城として、河原町の歴史・文化・自然を紹介する観光施設となっている

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鳥取城の戦い史上最悪の籠城戦による「渇え殺し」
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