出雲大社島根県出雲市

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  • 大国主大神を祀る、出雲国を代表する古社
  • 国譲り神話に由来し、目に見えない世界を司る神として信仰されてきた神社
  • 国宝本殿、大社造、神楽殿の大注連縄、神在祭で知られる縁結びの聖地

出雲大社とは、島根県出雲市大社町杵築東にある神社である。正式には「いづもおおやしろ」と称され、御祭神は大国主大神である。大国主大神は、国づくりを成し遂げた神として知られ、農耕、漁業、医薬、殖産など人々の暮らしに関わる多くの御神徳を持つ神とされる。出雲大社の創建は神代にさかのぼると伝わり、『古事記』『日本書紀』の国譲り神話では、大国主大神が国土を天照大御神へ譲った後、その功績を称えて壮大な御神殿が造営され、大国主大神が鎮まったとされる。出雲大社は、目に見える世界ではなく、目に見えない世界の縁や神事を司る神を祀る社として信仰されてきた。現在の本殿は延享元年(1744)に造営されたもので、大社造、檜皮葺の国宝建築である。高床、太い柱、妻入りの形式を持ち、日本の神社建築の古式を伝える代表的な建物とされる。境内には八足門、楼門、拝殿、神楽殿、十九社、素鵞社、宝物殿などがあり、神楽殿の大注連縄は出雲大社を象徴する景観の一つである。旧暦10月には全国の神々が出雲に集まるとされ、神在祭が行われる。縁結びの神として広く知られるが、この「縁」は男女の縁だけでなく、人、仕事、土地、命、社会を結ぶ広い意味を持つ。

出雲大社の特長
目的 大国主大神への信仰、国づくり神話の継承、国譲り神話の顕彰、縁結び、福徳招来、家内安全、商売繁昌、農業・漁業・医薬・殖産の守護、神在祭の継承、出雲信仰の中心地としての祭祀継承
特長 出雲大社、いづもおおやしろ、大国主大神、だいこくさま、国づくり、国譲り、幽事、神事、天日隅宮、杵築大社、大社造、国宝本殿、八足門、楼門、拝殿、神楽殿、大注連縄、十九社、素鵞社、彰古館、宝物殿、神在祭、神迎祭、稲佐の浜、勢溜、松の参道、銅鳥居、縁結び、二礼四拍手一礼
他の神社との違い ・御祭神の大国主大神は、国づくりを成し遂げ、国譲りの後に目に見えない世界を司る神として祀られている
・創建は神代にさかのぼるとされ、『古事記』『日本書紀』『出雲国風土記』に御神殿造営に関わる伝承が記されている
・本殿は大社造の代表的建築で、現本殿は延享元年(1744)造営の国宝である
・古代には非常に高大な本殿であったと伝わり、平成12年(2000)には巨大な柱の遺構が確認された
・出雲では旧暦10月を神在月とし、全国の神々を迎える神迎祭・神在祭が行われる
出雲大社への交通アクセス
一畑電車大社線「出雲大社前」駅より徒歩約5分。

HISTORY 出雲大社について

出雲大社の歴史
神代 大国主大神が国づくりを成し遂げ、国土を天照大御神へ譲った後、その功績を称えて壮大な御神殿が造営されたと伝わる
神代 大国主大神は、目に見えない世界の幽事、神事を司る神として出雲の地に鎮まったとされる
古代 大国主大神の宮は天日隅宮、杵築大社などと称され、出雲国の中心的な神社として信仰される
712年 和銅5年、『古事記』が成立し、大国主大神の国づくり、国譲り、出雲の御神殿造営に関わる神話が記される
720年 養老4年、『日本書紀』が成立し、国譲り神話と大国主大神を祀る壮大な宮の伝承が記される
733年 天平5年、『出雲国風土記』が成立し、大国主大神を「天の下造らしし大神」と称え、杵築の地名起源にも関わる御神殿造営伝承が記される
古代 出雲大社は出雲国一宮として重視され、出雲国造家が祭祀を担う神社として発展する
927年 延長5年、『延喜式』神名帳に名神大社として記される
平安時代 出雲大社の本殿は非常に高大であったと伝わり、文献には巨大建築としての出雲大社が記される
10世紀後半 源為憲の『口遊』に、平安時代の巨大建築を表す「雲太・和二・京三」の言葉が記され、出雲大社本殿の大きさが語られる
1067年 治暦3年、正殿式の御本殿が造営されたと伝わる
1108年 天仁元年、治暦3年造営の御本殿が転倒したと伝わる
1115年 永久3年、寄木の御造営により御本殿が造営される。稲佐の浜に漂着した巨木を用いたという伝承が残る
平安時代末期 寂蓮法師が出雲大社に参詣し、高大な御本殿の千木を見て歌を詠んだと伝わる
鎌倉時代 武家政権の時代に入っても、神社修理と祭祀の重視は続き、出雲大社の造営・遷宮も継承される
1325年 正中2年頃、御本殿の高大な形状から、出雲大社は大社、矢倉宮とも称されたと伝わる
中世 神仏習合のもと、境内には大日堂、三重塔、鐘楼など仏教的施設も置かれる
戦国時代 尼子経久ら出雲の戦国大名が出雲大社を崇敬し、社殿や仏教的建物の寄進を行う
1609年 慶長14年、仮殿式による御造営御遷宮が行われる。この頃から掘立柱ではなく礎石建物の様式へ移ったとされる
1667年 寛文7年、幕府の支援を受けて御本殿が造営される。高さ約24mの正殿式の御本殿が復活し、出雲大社史上の画期となる
1667年 寛文の御造営に際し、境内の仏教的施設が整理され、全国的にも早い神仏分離が実現されたとされる
1744年 延享元年、現在の御本殿が造営される。大社造、檜皮葺の本殿として現在に伝わる
1809年 文化6年、御本殿の御修造が行われる
1871年 明治4年、近代社格制度のもと官幣大社に列せられる
1881年 明治14年、明治の御遷宮御修造が行われる
1900年 明治33年、出雲大社本殿が旧国宝、現在の重要文化財に相当する指定を受ける
1952年 昭和27年、出雲大社本殿が国宝に指定される
1953年 昭和28年、昭和の御遷宮御修造が行われる
1981年 昭和56年、出雲大社教特立100年を機に、現在の神楽殿が建て替えられる
2000年 平成12年、境内の地下から巨大な柱材を束ねた遺構が確認され、古代の高大な御本殿伝承を考える重要な発見となる
2008年 平成20年、平成の大遷宮に向けて仮殿遷座祭が行われ、大国主大神が御仮殿へ遷る
2009年 平成21年、御本殿大屋根の本格的な修造が始まる
2013年 平成25年、本殿遷座祭が行われ、60年ぶりとなる平成の大遷宮が執り行われる
2016年 平成28年、平成の大遷宮に伴う御本殿や瑞垣内諸社殿などの御修造遷宮事業が概ね完了する
現代 神在祭、神迎祭、例祭、縁結大祭などの祭典が行われ、全国から多くの参拝者が訪れる
現在 出雲大社は、大国主大神を祀る出雲国の古社、国譲り神話を伝える神社、縁結びの聖地、国宝本殿を有する大社造の代表的神社として、多くの参拝者を迎えている