姫路城第1回:世界遺産・姫路城──美と防御の知恵をめぐる旅

本田陽子
[執筆者] (日本の旅侍副編集長・世界遺産ライター)

このたび「日本の旅侍」で副編集長を務めることになりました。
世界遺産を専門とするライターとして、これまで50か国以上を訪ね歩いてきた経験を活かし、ここでは“城”と“旅”、そして“世界遺産の視点”をクロスさせた連載を担当していきます。
歴史や風景を、ただ眺めるだけでなく、その奥に息づく物語を旅するようにお伝えしていきたいと思います。

白く気高くそびえる姿から「白鷺城(しらさぎじょう)」の名で親しまれる姫路城。
その見事な美しさに目を奪われる人は多いでしょう。
しかし、姫路城が世界遺産に登録された理由は、単なる見た目の華やかさだけではありません。

世界遺産とは、「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)」をもつ建造物、遺跡、景観、自然などを、人類共通の遺産として守っていこうという国際的な制度です。
言い換えるならば、「人類が共有すべき、かけがえのない価値を持つ場所」。
それらを未来へ受け継ぐために、保護と保存の仕組みが整えられています。

姫路城は、日本の木造建築の中でも群を抜く美的完成度を持ち、城郭建築の最盛期である17世紀初頭の姿を、天守、櫓、門、石垣、堀などに至るまで良好に保存しています。
この二点が高く評価され、1993年に世界遺産に登録されました。
日本で最初に登録された世界遺産のひとつでもあります。

姫路城の大規模な拡張を指揮したのは、池田輝政。
徳川家康の娘婿という立場にあり、関ヶ原の戦い後、西国を抑える拠点としてこの地を任された輝政は、単なる防御拠点ではなく、徳川政権の威光を象徴する城を築く必要がありました。

そのため、防御力を高めるだけでなく、遠目にも気品と威厳が伝わるよう、白漆喰で総塗籠された天守群をはじめ、城全体を壮麗に仕上げたと考えられています。

この「美と機能を両立する城」という池田輝政の構想は、完成から400年以上を経た今も、多くの人々の手で大切に守り継がれてきました。

特に注目すべきは、2009年から約5年にわたる平成の大修理です。
「400年前の姿をそのまま残す」という方針のもと、元の材料を極力活かし、従来の技法を踏襲しながら、必要な箇所には耐久性の高い新技術も慎重に取り入れられました。

修理に携わった職人たちは、一つひとつの作業に心を込め、歴史を受け継ぐという使命感をもって臨みました。
単なる修繕ではなく、「いかにして本物を保つか」を問い続けた彼らの姿勢は、世界遺産に求められる“真正性(authenticity)”——つまり「本物らしさを損なわずに守ること」そのものでした。

姫路城は、単なる「昔の建物」ではありません。
戦国の知恵と美意識、そしてそれを支え続けた人々の魂が、今も静かに息づいています。
だからこそ姫路城は、「人類全体で守るべき宝」として、世界遺産にふさわしい存在と認められたのです。

旅人として姫路城を訪れるなら、ぜひ「攻める側」の視点で歩いてみてください。
正面の大手門をくぐったら、城に仕掛けられた“迷路”をたどる感覚で進んでみましょう。
何度も折れ曲がる道、急に現れる門、見上げた先にそびえる天守。
進めば進むほど、「ここは簡単には攻め落とせない」と実感するはずです。

また、事前にスマートフォンに「姫路城大発見アプリ」などのVRコンテンツを入れておくと、当時の城郭の姿や戦国時代の風景をバーチャルで体験することもできます。
実際の石垣や門と、画面越しの復元映像を見比べながら歩くのも、現地ならではの楽しみ方です。

壮麗な美しさの奥に、知恵と緊張感が積み重ねられている。
それに気づくと、姫路城の旅はぐっと深いものになるはずです。

この連載では、こうした「世界遺産×城×旅」という視点から、日本各地に息づく奥深い歴史と文化を、少しずつ紐解いていきます。
知的な好奇心を携えて、まだ見ぬ扉を開く旅へ、ご一緒しましょう。

記事カテゴリ
世界遺産×城×旅
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本田陽子
執筆者 (日本の旅侍副編集長・世界遺産ライター) 世界遺産アカデミー研究員を経て、世界遺産ライターとして活動。日本遺産ソムリエの資格も持つ。50ヵ国・200の世界遺産を巡り、現地での体験をもとに文化や歴史の魅力を伝えている。世界遺産の価値や登録のメリット、観光との結びつきをテーマに、講演・執筆を多数手がける。 旅先で実際に見て触れた風土や文化を交えた話は、「リアルで臨場感がある」と好評。監修書籍に『絵本のようにめくる世界遺産の物語』(昭文社)などがあり、NHK(BSプレミアム・Eテレ「趣味どきっ」)やニュース番組・ラジオにもコメンテーターとして出演。 また、地域活性化や観光振興にも携わり、東京都選定歴史的建造物の企画・執筆、大分県豊後大野市の地域活性化プロジェクトの運営など、幅広い分野で活動している。 公式HP・SNSはこちら