八幡奈多宮とは、大分県杵築市奈多にある神社である。奈多宮、奈多八幡宮とも呼ばれ、奈多海岸のほぼ中央に鎮座する。創建は天平元年(729)と伝わり、宇佐神宮や国東半島の六郷満山と深いつながりを持つ神社として知られる。主祭神は比売大神、応神天皇、神功皇后の三柱である。海岸の沖合には厳島、または市杵島と呼ばれる離れ岩があり、八幡奈多宮の元宮とされる。境内には楼門、鳥居、手水鉢などが残り、宇佐神宮の旧御神体とされる木造僧形八幡神坐像と木造女神坐像2体は、国の重要文化財に指定されている。八幡奈多宮は、奈多海岸の白砂青松の景観とともに、海辺の神社としての信仰を今に伝えている。
| 目的 | 八幡神への信仰、海上安全、地域守護、縁結び、恋愛成就、復縁、五穀豊穣、御田植祭の継承、宇佐神宮ゆかりの信仰継承 |
|---|---|
| 特長 | 八幡奈多宮、奈多宮、奈多八幡宮、杵築市奈多、奈多海岸、比売大神、応神天皇、神功皇后、宇佐神宮、六郷満山、元宮、厳島、市杵島、離れ岩、木造僧形八幡神坐像、木造女神坐像、楼門、鳥居、手水鉢、奈多宮の御田植祭 |
| 他の神社との違い | ・奈多海岸のほぼ中央に鎮座し、海辺の景観と一体になった神社である ・沖合の離れ岩が元宮とされ、比売大神が降臨した地と伝えられている ・宇佐神宮とゆかりが深く、宇佐神宮の旧御神体とされる三神像を伝えている ・国東半島の六郷満山とも関係が深い神社として知られる ・楼門、鳥居、手水鉢、神像、古文書、祭礼など、建造物・彫刻・文書・民俗行事が重層的に残る |
| 別称 | 奈多宮、奈多八幡宮 |
|---|---|
| 正式名称 | 八幡奈多宮 |
| 所在地 | 大分県杵築市奈多 |
| 創建 | 天平元年(729)と伝わる |
| 祭神 | 比売大神、応神天皇、神功皇后 |
| 主な信仰 | 八幡信仰、海辺の神への信仰、比売大神信仰 |
| 元宮 | 奈多海岸沖合の離れ岩。厳島、または市杵島と呼ばれる |
| 主な文化財 | 木造僧形八幡神坐像、木造女神坐像2体は国指定重要文化財。八幡宇佐宮御託宣集、陣道面、八幡奈多宮縁起箱、奈多宮木造神像、大太刀、八幡縁起などは大分県指定有形文化財。楼門、鳥居、手水鉢などは杵築市指定有形文化財 |
| 主な祭礼 | 奈多宮の御田植祭 |
| 住所 | 大分県杵築市大字奈多229 |
| 電話番号 | 0978-97-1050 |
| 参拝時間 | 境内自由 |
| 拝観料 | 無料 |
| アクセス | JR日豊本線「杵築」駅から車で約10分 |
| 備考 | 八幡奈多宮は、奈多海岸に鎮座する神社である。海岸や沖合の元宮とあわせて語られることが多いが、神社そのものの中心は、比売大神・応神天皇・神功皇后を祀る八幡信仰と、宇佐神宮ゆかりの三神像を伝えている点にある。 |
| 729年 | 天平元年、八幡奈多宮が創建されたと伝わる |
|---|---|
| 古代 | 奈多海岸の沖合にある離れ岩が元宮とされ、比売大神が降臨した地と伝えられる |
| 古代以降 | 宇佐神宮とゆかりの深い八幡社として信仰を受け継ぐ |
| 中世 | 宇佐神宮や国東半島の六郷満山と関わりを持つ神社として存続する |
| 1397年 | 応永4年写本の「八幡縁起」が伝わる |
| 1424年 | 応永31年銘の大太刀が伝わる |
| 1456年 | 康正2年銘の八幡奈多宮縁起箱が伝わる |
| 1642年 | 寛永19年、木付城代・長岡興長の寄進により楼門が建てられたとされる |
| 1642年 | 同じく寛永19年、鳥居と手水鉢が寄進されたとされる |
| 近世 | 奈多海岸に鎮座する八幡社として、地域の信仰を支えた |
| 1950年 | 昭和25年、木造僧形八幡神坐像と木造女神坐像2体が国の重要文化財に指定される |
| 1960年 | 昭和35年、八幡宇佐宮御託宣集が大分県指定有形文化財となる |
| 1968年 | 昭和43年、陣道面が大分県指定有形文化財となる |
| 1969年 | 昭和44年、八幡奈多宮縁起箱が大分県指定有形文化財となる |
| 1974年 | 昭和49年、奈多宮木造神像、大太刀、八幡縁起が大分県指定有形文化財となる |
| 1973年 | 昭和48年、奈多宮楼門が杵築市指定有形文化財となる |
| 1975年 | 昭和50年、鳥居、手水鉢、神鉾などが杵築市指定有形文化財となる |
| 現在 | 八幡奈多宮は、奈多海岸に鎮座する八幡社として、宇佐神宮ゆかりの信仰、海辺の元宮伝承、神像や古文書を伝えている |