日出藩豊臣秀吉に連なる一族が納めた
木下家の家紋「木下沢瀉」
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日出藩は、大分県速見郡一帯を納めていた2万5千石の小藩です。豊臣秀吉の正妻、おね(高台院)の兄、木下家定の三男である木下延俊が初代藩主となり、そのまま移封もされずに木下家が明治維新まで藩主を務めました。
そんな日出藩の歴史を紐解いていきましょう。
日出藩成立までの歴史
日出藩は、豊臣秀吉の正妻、おね(高台院)の兄、木下家定の三男である木下延俊によって開かれました。
木下延俊は、秀吉に召し抱えられて若狭国小浜領主となり、後には備中足守藩主となります。なお、木下延俊は関ヶ原の戦いで西軍を裏切ったことで有名となった小早川秀秋の実兄でもあります。
木下延俊は、細川ガラシャの夫として知られている細川忠興の妹と結婚していましたが、関ヶ原の戦いでは、彼の助言を受けて東軍に加わります。
その功績をもって、日出藩の領地を下賜されたのです。なお、下賜された領地は3万石でしたが、2代藩主木下俊治の時代、弟の木下延由に5000石を分け与えたことで、2万5千石になっています。
この石高を日出藩は幕末まで維持しました。これは非常に珍しいことです。
木下延俊は通称「慶長日記」と呼ばれる日記の著者としても有名です。
この日記は、慶長18年(1613年)の元旦から大晦までの1年間の出来事を1日も欠かさず記したもので、当時の大名の生活や大慶長19年(1614年)に起こった大坂冬の陣までの動きを知ることができる貴重な資料となっています。
木下延俊は、元和14年(1637年)に起こった島原の乱にも出兵した武将でもありましたが、当時としてはそこそこ長寿である66歳まで生きて江戸で没しました。
江戸時代の日出藩
2代目藩主である木下俊治は、薩摩藩から畳表の材料である「七島蘭」を譲り受けて、その国産化に努めるなど、藩を豊かにするために尽力しましたが、48歳のときに参勤交代の途中で急死しました。
3代目藩主木下俊長、4代目藩主木下俊量の時代には、農地を新しく開墾したり長河原・富水池の治水工事を行なったりして、領地の整備を進めています。
しかし、農民が逃散するなどの事件もあり、そのせいで3代藩主木下俊長は、一時謹慎をしています。
5代藩主は早世、6代藩主木下俊保の時代は享保の飢饉が起きて幕府より3,000両を借料しなければならなくなるなど、藩政がおおきな打撃を受けました。その心労がたたったのか、俊保は33歳の若さで急死しています。
その後も藩政の混乱は11代藩主木下俊懋の代まで続きます。なお、10代藩主木下俊胤は文武両道の人物で藩士の教育するために自ら講師を務め、馬術や剣術、槍術にも優れていたといわれていますが、藩政を建て直すまでには至りませんでした。
11代藩主木下俊懋の代でようやく殖産興業政策や塔ノ平池の治水工事を行って、わずかながら藩政が立ち直ります。
しかし、その後も藩政は厳しいままで、13代藩主木下俊敦は豊後三賢の1人、ら帆足万里を登用して藩政改革を行ないましたがうまくいきませんでした。
14代藩主は20代前半、15代藩主は35歳と若くして亡くなり、最後の藩主である木下俊愿もの享年も44歳です。
木下俊愿は、幕派と尊皇派に分裂して対立していた藩内の意見を尊皇派にまとめ、戊辰戦争では新政府軍に加わります。
明治2年(1869年)に版籍奉還して藩知事に任ぜられますが、税を重くしたために農民が一揆を起すなどして、藩政は決して安定しませんでした。
明治4年(1871年)、廃藩置県により藩知事を罷免されたあとは華族に列せられ東京で暮らし、そこで亡くなりました。
現在の木下家
16代にわたって日出藩藩主を務めた木下家は現在も血脈が続いており、2022年4月、19代目当主である木下崇俊さんが88歳でなくなっています。
木下崇俊さんは上皇陛下のご学友でもあり、たびたび週刊誌などにも登場していました。
地元では「殿様」として慕われており、現在も日出町には旧家臣団の会があります。
ちなみに、明治生まれの作曲家「滝廉太郎」の生家も、日出藩の重臣でした。
日出藩まとめ
日出藩は、豊臣家の重臣でもあった木下家が開祖となり、その後移封されることも石高の増減もなく、明治を迎えた大変珍しい藩です。
藩主は初代を除けば短命も多く、藩政も決して豊かとはいえませんでしたが、大きな一揆もなく穏やかな藩だったと推測されます。
なお、19代目の藩主であり2022年になくなった19代目当主の木下崇俊さんは、生前に「豊臣家の末裔」として、たびたびマスコミにも登場しました。
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- 執筆者 AYAME(ライター) 江戸時代を中心とした歴史大好きライターです。 趣味は史跡と寺社仏閣巡り、そして歴史小説の読書。 気になった場所があればどこにでも飛んでいきます。 最近は刀剣乱舞のヒットのおかげで刀剣の展示会が増えたことを密かに喜んでいます。