伊予松山藩(1/2)三つの家が治めた

加藤家の家紋「蛇の目」

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藩史
藩名
伊予松山藩(1600年〜1871年)
所属
愛媛県
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伊予松山藩は愛媛県松山市、久米郡・野間郡・伊予郡などを領地に持っていた藩です。
豊臣秀吉の七本槍の1人に数えられた加藤嘉明が初代藩主を務め、蒲生家、松平家の三つの家によって幕末まで治められました。ここでは、伊予松山藩の歴史を紐解いていきましょう。なお、松山藩は複数あるため愛媛県松山市を治めた松山藩は通常、伊予松山藩と呼ばれています。

初代藩主 加藤嘉明の時代

伊予松山藩の初代藩主加藤嘉明は、豊臣秀吉の家臣で、賤ヶ岳の七本槍・七将の一人に数えられた人物です。しかし、秀吉の死後五奉行の石田三成らと対立し、徳川家康に就きます。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦は東軍に味方し、その功績で10万石を追加され、伊予松山藩の初代藩主となりました。
現存12天守の1つに数えられる伊予松山城は加藤嘉明によって建てられました。
しかし、築城年数は25年もの長きにわたったので、加藤嘉明は城の完成を見ることなく寛永4年(1627年)に会津の蒲生忠郷死後の騒動により、会津藩に移封されてしまいました。

なお、代わりに蒲生忠郷の子息である蒲生忠知が15万石に減封されて伊予松山の城主になります。
加藤嘉明が伊予松山城の建築や城下町の整備などで名を残し、現在も騎馬像が天守に建てられているのに対し、蒲生忠郷は寛永11年(1634年)に参勤交代の途中に急死するまで、ぱっとした功績は残していません。
その代わり、彼が藩主の座を継いで以来男子が生まれないのに苛立ち、夜な夜な城内の妊婦の腹を割いていたという怪談が伝わっています。

現在でも伊予松山城の敷地内には「まないた石」と呼ばれる石が残され、そこから夜になると鳴き声が聞こえるそうです。
この話は後世の創作と考えられていますが、会津藩主時代に起きた蒲生家の藩主急死騒動が長い間武士達の間で尾を引いていたことが、察せられる話しといえます。

松平家の時代

蒲生忠知には直径の後継ぎがいなかったため、蒲生家の藩主時代は1代で終わります。
幕府はその後伊予松山藩の藩主に徳川家康の甥にあたる松平定行を据えました。
徳川一門にあたる親藩の藩としては最も西の藩です。

これは、西国の外様大名の牽制とも考えられており、実際松平定行は長崎で異国船との交渉に当たるなど、幕府の代理人となり、鎖国制度の完成に後見しています。また、三代将軍徳川家光の死後、四代将軍徳川家綱を補佐もしています。
松平定行は72才という当時としては大変な高齢まで藩主の座につき、隠居後も82才まで長生きしました。
しかし、跡を継いだ松平定頼は落馬事故で56才で死去、松山には僅か三回入城しただけでした。その子、松平定長も35才の若さで病死します。

松平定長は直系の子孫がいなかったため、養子を取り、松平定行以来の男系の直系はここで絶えました。
四代藩主、松平定直の時代になると伊予松山藩の財政に翳りが見えてきます。定直は藩札を発行し、地坪制度を導入することによって農民負担の均質化を測り、財政を安定させようと努力しました。
また、定直は文化人でもあり、俳諧を嗜み興隆に後見します。これがきっかけでいよ松山藩は俳諧が盛んになり、明治時代に正岡子規を初めとする俳人を輩出する下地を作りました。

定直が藩主の時代、江戸では赤穂浪士の討ち入りが起こります。赤穂藩は伊予松山藩とは瀬戸内海を挟んで対面だったため、討ち入りに参加した浪士のうち、大石良金や10名を処刑まで預かっています。
2代、3代目の藩主とは異なり、60代まで長生きした藩主です。

五代藩主、松平定英の時代、伊予松山藩ではうんかの大量発生が原因の飢饉が発生し、三千人を超える餓死者が発生しました。しかし、餓死したのは農民ばかりで藩士にまったく餓死者が出なかったことから、幕府より領民への苛政を咎められ、謹慎処分になります。

そして、謹慎処分が解けてすぐ松平定英は38才の若さでなくなってしまいました。
その後、伊予松山藩は多少の事件はあったものの、大きな飢饉も家臣の反乱もなく、11代目まで代を重ねていきます。

11代藩主松平定通は、藩校の三省堂を新たに作り、従来の藩校修来館を拡充させ、明教館を創立します。さらに、弛緩した綱紀の粛正をはかり、殖産興業や倹約厳行などをすすめ、松山藩中興の祖として賞賛されました。
また、幕府との結びつきも強く、11代将軍徳川家斉の名代で日光東照宮に参拝したり、侍従として江戸城に登ったりしています。

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執筆者 (ライター) 江戸時代を中心とした歴史大好きライターです。 趣味は史跡と寺社仏閣巡り、そして歴史小説の読書。 気になった場所があればどこにでも飛んでいきます。 最近は刀剣乱舞のヒットのおかげで刀剣の展示会が増えたことを密かに喜んでいます。